ちよの考察

嵐について、映画について、小説について、いろいろ考察するのが好きな私の独り言。

ナラタージュ(2)~知らぬ間に葉山に惹かれていく~

2018/8/24

 

最近夜になるとナラタージュを観たくなる

 

2人のキスを見てると、喉の奥がキュッと痛くなる

何度も見ると印象も変わってくる

葉山先生の不思議な魅力に取り憑かれてくる…泉みたいに。

 

本当に不思議。背格好はどこか野暮ったく、まるでオーラはないのに、知らないうちに好きになっているのだ

 

助けてあげたくなる、そんな気持ちにさせる人。

しかし葉山先生自身はまるでそんなつもりはないのがまた絶妙。

 

髪の毛のシーンとかね。

「切ってくれる?」「ダメ…?」なんて、大の大人が上目遣いで言うなよ〜。

しかも元教え子に。

よく見てると、葉山先生のその言動で、それまでの泉の怒り(と嫉妬)の表情が一瞬で変わるのだ。それくらいのパワーを秘めている。

 

 

最後のラブシーンもやっぱりいいね。

最初で最後とわかっているせいか、2人の必死さ・刹那を生きている感じがよくつたわる。

2人の足だけのカットで“挿れた”のを暗示させているのも斬新(見えないからこそ非常に綺麗な絵になってる)

葉山先生の申し訳なさそうな表情はグッとくる。

あそこだけは松本潤が演じているということを完全に忘れてしまう。

「これが彼女の望みだったのか、こんなことしかしてあげられないのか、彼女を幸せにできたのか」という葛藤が聞こえてくるような表情。

 

だから、懐中時計は葉山先生からのせめてもの償いのつもりだったのかもな。

自分の大事なもの「だからあげるよ」、って。

それをあげられるくらい、君は僕にとって大事な人だったんだよ、ってことかしら。

葉山先生がそこまで意図したか定かでないけど、「幸せであるように」のメッセージも泉に届いたし、そういう静かな優しさが葉山先生からは溢れている

 

 

卒業式のキスも改めて見るとすごく印象に残る(泉が当然そうであったように)。

何が葉山先生のスイッチを押したのかわからないけど、その掴めなさこそ、18歳の泉の印象だっただろうし、「ナラタージュ」である強みかな。

あのキスがずっと泉の心を掴んで逃さなかったものね。

 

あのシーンはめちゃくちゃずるいシーンで、泉目線だと「えーっ!!(ごめんの一言で済むの!?)」って発狂しそうだ。

キスしたんなら何らかのフォローをしてよ、と。

理由を教えてよ、と。

気持ちを教えてよ、と。

でもそれが(泉には)わからなかったからこそ、心を捕えられたんだろうな。

呪縛やん。

 

まだ高校生だったのに、その後に響くことをやってのけた葉山先生はやはりずるい。

 

責任取れよと言いたくもなる。

 

1回目のソフトなキスだけならまだしも、その後頭に手を回して深いキスを数回。

もうそれは一瞬の気の迷いとかそれでは片付かないよ、先生。

 

証書の筒が落ちるカタン、という音で我に返ったようになって、「ごめん」で桜の花びらが泉の足元に落ちる。

音はまるで夢が覚めたような印象づけで、花びらは葉山先生が泉の心に残していった“呪縛”を暗示させた。本当に印象に残るシーン。

 

にしてもキスうまいよなー。松本さんみたいなキスを一度されてみたいものだ。気持ちの良いキスをまだしたことがないもので。そんな私でも松本さんのキスは気持ち良さそうだと感じちゃう。手とか首の動きもポイントなんだろうな。その辺のうまさもあるんだろう。

 

小野とのラブシーンと比較して観るのもまた面白い。

「あーこれは泉明らかに嫌そうだなー」とか「あー今心は葉山先生のところ行っちゃってるわ」とか、よくわかる。

ブランケットをきつく握る手だけアップにするだけでこんなに伝わるんだと驚かされる。

「あーこんなに近づいているのに決して小野君にしがみつくわけじゃないんだー」とか気付いていろいろ考察できる。

抱かれながら他の男のことを考えている泉は、男性側から見ればずるい女に映るのかもね。